ほうほうの森

どじがいなくなって初めての夏の、数年前の今日。
朝4時前、どじの写真を見ている夢を見ていて、ふと目が覚めた。
夏とはいえまだ暗い時間。
悲しい夢でもなく泣いて目が覚めたわけでもない。

突然に家族を亡くした人は眠れない夜を過ごす人が多いけれど、
疲れ果てていた私は、体が弱いこともあり自然に睡眠を欲するのか、
とにかくよく寝た。
昼も夜も寝てばかり。
夜も朝まで目覚めることは殆どなかった。
だから、何故目が覚めたのだろうとぼんやりと考えていた時、
外から声が聞こえた。

「ほー ほー」

どじの声に似ている・・・
いえ、似ているのではなく、どじの声だった。
庭にいた犬も反応して、少し唸った。
でも外を見てもきっと誰もいないだろうと思い、じっとしていた。

「ほー ほー」

どじはよく森や空に向かって、この言葉を出していた。

亡くなる前年は宮沢賢治生誕100年の年で、
書店には宮沢賢治の本が何種類も並べられており、
そのなかの一つの、宮沢賢治の伝記を買ってやった。
漫画だけれどきれいな絵があり、心に残る本だった。

そのなかに、子どもの頃や、学生時代、大人になったそれぞれの賢治が、
自然のなかで、「ほー ほー」 と声を出すシーンが何度が登場し、
それを真似したのか、いつしかどじも、
「ほー ほー」 と、楽しそうに声を出すようになっていた。

夜から朝に向かう静かな暗闇のなかでその声を聞いたとき、
瞬間的に理解した。

どじは何も苦しんではいない。
どじのいのちはよろこびの中にある。

それまでは突然に命を奪われたどじが不憫でならなかった。
自分も苦しくて悲しくて涙を流さない日はなかった。
私があまりにも嘆き悲しんでいるので、
「僕は大丈夫だよ」
というメッセージを送ってくれたのかもしれない。

自分が幸福を感じていたときに出していた、「ほー ほー」 という言葉。
私が安心するのに 最適な言葉だったよ。

2005.8.18


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